【ネタバレ】サンキュー、チャック
久しぶりに自分自身の不機嫌さを持て余す状態に陥った。笑
鬱っぽい・・・
誰が悪い、何が悪いということではなく・・・私自身の手放しのタイミングだと気づいている。
今までなら目の前のイライラの事象に対して、怒りや攻撃をしていたが、今回はそうじゃなくて、過去に蓋をしていた感情や執着なのかもしれないと感じていたので、ダンマリに徹した。
酔っ払いの同居人相手と会話したら、大喧嘩になることわ予測可能だったから。
やっぱり正解でした。
今朝、冷静に話すも私自身も興奮してしまい大喧嘩になる手前。笑
私自身が、先延ばしにしていたことや後回しにしてきたことと向き合わされることになった。
お金に対する執着
「〜ねばならない」に対する執着
やりたいことへの向き合い方
遊ぶことが苦手な自分自身
そして、
生きることに対する覚悟を先延ばしにしていた。
そう気づかせてくれたのが、映画「サンキュー、チャック」は、そのすべてを解決してくれた。
印象的だったのが天真爛漫楽しんでいるダンス。
心のそこから楽しんで今ここを楽しんでいる状態が全身から溢れ出ているエネルギーにワクワクした。
映画を見ながら私の脳裏をよぎったのは、映画上映会場を満席にするために奮闘したメンバーとの姿(7月開催予定)や居場所づくりで繋がったまだ知らない人々の笑顔だった。
私の人生に登場してくれている大切な人やこれから登場してくれるまだ出会っていない人たちに感謝が湧き上がってきた。
私が昨日モヤモヤしていた時間は、宇宙の始まりからしたら、ほんの数秒。いや数秒にもならない。
私が愛した記憶を味わいながら、この人生を終いたい。
人生の最後の日にどんな人との関わりを思い出すんだろうか。
ふと、母のことを思い出した。
認知症と共に生きてきた母の13年間。
入院してからどんな苦悩を味わったのだろうか。
大切な人の顔も名前も忘れてしまった。
そんな母は、脳内出血で突然命を落とすことになった。
様々な認知症観、死生観がある。
認知症は死に至る病気
海外では、認知症の終末期に胃ろうや点滴をしない。
経管栄養もしない。
感染症(肺炎)に対する積極的な治療は推奨されない。
身体がボロボロになったら魂を守ることが出来ない。
楽しいや嬉しいことがわかなくなったら生きていても仕方がない。
という考え方があるそうだ。
日本は、どんな形であっても生きていてほしい。
医療や介護制度、日本人の価値観
日本は、寝たきり日本一だそうだ。
それぞれの考え方を否定するつもりはない。
生き方や死に方は自由だ。
母はもういない。
私自身、命ある限り、私にしか出来ないことで生きる。
人生の最後を深く、豊かな時間にすることができるよう「生きること」への覚悟を改めて考え直すことにした。
出会ってくれた全ての人へ
ありがとう。
これから出会ってくれる人にもありがとう。
人生の主人公は、自分自身。
人生はありがとうの循環で出来ている。
