面会
鍵のかかった扉の向こうから、弱々しく手を振ってくれた母。
「誰やった?」
とうとうこの時がきたかぁ。
「亜由美やで。」
「あぁ。」
私のニックネーム
呼んでもらえない。
「ひーさんは、どうしてる?」
一緒にずっと暮らしていた妹のニックネームは覚えている。
肌は、透き通るような白色に
髪は、茶髪でショートボブ
表情は、柔らかく、穏やか
握力は、ほぼなく
声に力強さがない。
「何できてくれたん?」
「車」
「一緒に連れて帰って。」
母の頬にかかったマスクに涙が
すーっとつたっていた。
「こんな遠いところ嫌。」
「友達もいないし。」
おむつの管理をしている人に
聞こえないように小声で訴える。
母の配慮、素晴らしい。
「被害妄想が強いので、昨日からお薬を追加しました。」
と言われたのが、1ヶ月前。
覚悟はしていた。
「汚染が多くなってきたので・・・」
と言われたのが、今日。
母の傍で聞かされた。
やっぱりこの対応・・・
尿意、便意も感じなくなり、
汚染多し
座位も難しく、
腰ベルトが装着されていた。
手が上がらなくなり、食事は全介助
着脱も全介助だろう。
(妹は50肩と言うけれど)
『認知症の状態の母の生きる』
家族として、
何ができるのだろうか。
人として、
私に何ができるのだろうか。
様々な後悔が脳裏をよぎる。
「ごめんね。」
「何であんたがあやまるん。」
と、母
「お金があれば、ここじゃない選択肢があったのに。」
私は母の手を撫でることしかできなかった。
帰り道
今なら、外出もできるかも
母の大好き珈琲とパンを食べさせてやりたい。
私は、そんなことを考えていた。
涙が止まらなかった。
泣きすぎて目がしょぼしょぼする。
泣きすぎやん。笑
選択と覚悟、決断の連続
なんで、ボケてしもたんや
おかん。
もっといっぱい、
いろんな話をしておいたら良かった。
もっといっぱい、
ありがとうを伝えておけばよかった。
もう、母の笑顔を見ること
出来ないかもしれない。
1ヶ月後の面会は、
父の命日にしよう。