自然の中で、生きる

最近の寒暖差は、異常だと感じているのは私だけでしょうか?
私の住んでいる地域では。昨日の最高気温、16度。今日は、24度の予測です。
更年期と重なり、カラダがついていっていません。笑
しかし、やりたいことが沢山ある欲張りな私は、意識を切り替えてまずは、湯船に入ることにしました。
自分の中で、「これをすると気持ちが切り替わる。」「カラダが楽になる。」など、意識の切り替えをすることでカラダが楽になり、心の楽になると考えています。
(やっぱり、スッキリしたわ〜)
そして、大好きなことは、自然の中に身を置くことです。
私の場合は、畑で土に触れること。
竹林(まだ、竹薮状態だけど)の中で、深呼吸すること。
そして、孫さま1号と散歩すること。
ダンゴムシやあり、蜘蛛などを見つけては、怖がる。
蝶々を見つけては、脅す。
子どもは無邪気に遊びます。
癒されます。
おうちの中での遊びは、30ピースのあんぱんまんパズルです。
孫「でーきーなーい。」
私「できるよ。大丈夫。」
ふと、子育て期のことがフラッシュバックしました。
子どもが「こんなことやってみたい!」と、大きな夢や希望を語った時、「そんなのできるわけない。」「無駄無駄、やめとき。」って、夢や希望を潰すようなことの言っていたことを思い出しました。
勝手な生き物ですね。
わたし・・・
また、ある日は、こんなことに気づきました。
孫娘が、お昼寝から目覚め、抱っこしながら、「さぁ、何して遊ぼうか。」って、声かけをしている私がありました。・・・心の中で、クスッと笑っている私。
幼い子どもは、〈遊ぶこと〉が毎日の生きることの中心にあります。
気づき、発見、閃きを繰り返しています。
冒険をしたくて仕方ない様子。
やってはダメなこと、良いこと、命に関わることなど、知らないことばかりです。
それを丁寧に伝えながら、毎日の経験の積み重ねをしています。
私は、どうでしょう。
そんなに熱心に遊んでいるだろうか。
夢中になっている時間があるだろうか。
多くの時間を生きてきたので、自分に色々な制限をかけたり、他人に色んなことを押し付けたりしていないだろうか。そんなことを気付かされる貴重な孫との時間。
自然の中で、孫の〈遊び〉を通じて、命の尊さを感じる。
孫娘の生きる時間を共有しながら、自分の未熟さを感じる。
幼子の生きる姿を見つめながら、そんなことを感じたことを書き記してみました。
単なる私の主観です。
いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。