お花見と第六感
本日(4/7)
寒さが、戻り過ぎた1日だった。
お花見のシーズン、桜の葉っぱも、出始めて私の大好きな情景があちらこちらで見ることができる。私は花見でエネルギーをもらうことができた。
久しぶりに書き記しておこうと思う。
母の死から、もうすぐ5ヶ月。
弁護士さんにお願いしている遺産分割については、進捗なし。
母との暮らしを振り返ると、まだ、「ごめんね」というワードが出てくる。
母の「生きること」と「尊厳」を大切にすることができなかったからだと考察している。
「生きること」と「尊厳」を大切にすることについて、少し深掘りしようと思う。
AIによると、
いかなる状態(老い、病、障害など)でも、個人の「その人らしさ」、価値観、自己決定を尊重し、最後まで敬意を持って支えること。ただ生き延びるだけでなく、自分らしく人生を全うし自分なりの人生の物語を納得して閉じることを支える概念である。
私は、「支える」というワードが気になる。
健康な場合の前提として、まずは自分自身が何者かを知る必要がある。
どんな時に幸せを感じ、どんな時に喜びを感じ、どんな時に悲しみや苦しみを感じるのか。自分自身の感情を俯瞰して考察できる人になる。
人は、未熟であるからもちろんブレる。完璧な人など存在しないというのがベースにある。
そこで、自分らしくしあるかどうか。
そして、他者との「支え、支え合える」関係性が成立すると考えている。
このことを踏まえて、「認知症」という症状が出始めたら・・・「生きること」と「尊厳」を大切にすることは、どうなるのか。
自分自身で判断ができなくなる。
世間は、何もできなくなる人と、定義する。その人らしさを見失なってしまい他者の主観が入る。他者の都合の良いようにコントロールするようになる。
生の書いていない紙切れは特にそうなってしまう。
話を戻すと、私は母に対して、「ごめんね」というワードが出てくるということ。
子どもたちにも「ごめんなさい。」
49日法要での泥沼。
絶縁状態。
妹との仲は、いつの頃からか、よくない状態になったのか。
私が、長女なのに嫁に出たからなのか。(家督制度って)
答えは見つからない。
両親にも、妹には、もう聞けない。
少し寂しい。
でも、私がそう選んで生まれてきたから仕方ない。
いや。両親の育て方が悪かったのか?
・・・他者責任、環境責任に転嫁している思考。これは、自分らしさを無くしている状態。
その感情を受け止めて、手放す。
母の「生きること」と「尊厳」を大切にすることができなかった理由は、他者責任・環境責任にしていたからかもしれない。
母方の遺産相続で揉めていたことは、母と私は知っていたが、解決したかどうかについては妹に確認しても「まだ、揉めているみたい。」と他人事のように話していた。
私も、年月が過ぎるにつれその話もしなくなったし、興味がなくなった。揉めているお金って、嫌な感じがしたからだ。
それが、間違いだった。
妹は、結婚する可能性も低いし、実家は私の子どもたちが引き継ぐことになるし。
私には関係ない。それも間違いだった。
そんな無責任な思考になった自分が情けない。
今更だけど。(これも受け止め手放す。)
私が、叔父の遺産相続と母の「母らしく生きる」「認知症の症状と生きる人の命の尊厳」について、もっと深く考え、妹としっかりと話し合う必要があった。
母には、入院せずに老人ホームやグループホームで暮らす選択肢があった。多くの遺産があったからだ。
母は、遺産が入ったことを知らずに死んでいる。右脳の血管が破裂して、痛くて、苦しくて、わからなくなって。最後の最後まで、苦しんだ人生だった。
後悔しかない。
認知症と共に生きる人の命の尊厳
認知症の症状が進行しても、自分らしく生きる選択ができる社会にしたい。でも、それは介護保険制度という仕組みの中では難しいように感じている。
まずは、認知症にならないように自分自身をと向き合うこと。健常時から、どう自分らしく生きるのか。生きるということを考える前にどんな状態で死を迎えたいのかを考えたいと思う。
「自由に好きなように生きた。楽しい、幸せな人生だった。」そう言い残して地球での生きることを終わりにしたい。
そして、今、私は両親のことを念い、感謝し、1日を懸命に生きること。これが全てなのかな・・・そんな風に感じているようだ。
全ての出会いに意味がある。私が今世で生きていることにも意味がある。
自分自身が主人公で、自由に生きたらいい。命ある限り、天真爛漫に生きたいと、春から幼稚園へ入園する孫娘の顔が思い浮かぶ。
第六感から、第七感へ。更に軽やかで、自由に生きることができそうな予感です。
今日も、素敵な1日になりますように。
最後まで、読んでいただきありがとうございます。
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〈お知らせ〉
2026年4月21日10寺から11寺半
滋賀県大津市
スターバックス コーヒー ブランチ大津京店
ありのままカフェ
(大津市委託 認知症カフェ事業)
誰でもお気軽にご参加できます。
参加費:ご自分の飲食代金
定員:10名程度