映画上映会を主催するということ
2026年7月19日(日)
3連休のど真ん中
会場は、琵琶湖が真ん前
ザ・滋賀県を感じる
ピアザ淡海のホール
426名のお席があります!
(300名ほどの方の申込みを頂きました。)
なぜ、映画上映会をこんなにも大きな会場で?
100名はすぐに集まることが予測できていたから。
それ以上の程よい会場がなくて。
お断りするのが申し訳ないので、大きめの会場を利用することになりました。
勿論、費用も特大です。笑
チラシと共に、色々な窓口へ伺いました。
ちょっとしたトラブルもあったり、近所の方が通行人の方に見えるよう、窓に貼ってくださったり。
10名分まとめて、ご予約いただいたり。
そして、いよいよ、明日は事前取材の日です。
「なぜ、この映画を主催しようと思ったのですか?」
この質問は、鉄板かと思う。
一旦は、「直感!」と言うだろうな。
でも、それでは記事にしずらいでしょう。
(ほら、また、他人のことを気遣っている私。)
なぜ?
主催しようと思ったのか。
昨年の5月、大阪で上映されることを知り、鑑賞しました。
号泣!!!
自分の大切な人に囲まれながら、穏やかに、枯れるように死を迎えるのが、私の理想の死に方と、イメージしています。では、そのように「死ぬ」ためには、「どう生きるのか」そこに当たります。
「生きるって、どういうことなのか?」
そんなことを考察するようになったきっかけはやはり、母。
認知症と共に生きてきた母を通じて、感じていたこと。
鬱状態になっていた私が内観して、感じたこと。
孫娘の天真爛漫さに私の心が揺さぶられ、感じること。
『生まれた瞬間から、人は死に向かっている。』
鬱を患っている時は、悲劇のヒロインを演じているからそんなこと理解できるはずもない。
「死にたい。」
「生きていてもしんどいだけ。」
「でも死ぬことは、怖い。」「後に残された人に迷惑をかける。」
でも、
「生きることも怖い。」「不安しかない。」
全く、辻褄が合わない。笑
私が鬱状態だった頃、おそらく母は認知症の症状が少しずつ進行していたと記憶している。でも、私は母が好きじゃなかった。トラウマ的存在だった。関わりたくなかった。
彼女の存在で、私がこうなった。
鬱になった。
彼女の育て方や思考が、私を作っている。
環境責任、他者責任。
でも、違う。
私が生きてきた環境も、その当時の私を作っていたと理解はしていた。
今の環境は、全て私が悪い。
と、自己否定。
延々負のループだった。
私が認知症と共に生きる母を通じて、「生きるって、どう言うことなのか」を考え出したきっかけ。
それは、突然の事故で、父が要介護4になったこと。
(最後は寝たきり状態)
私はそんな状況の中で離婚を決意し、一人になった。
認知症の母と一緒に父を介護した。
母の認知症は、進行していった。
進行しながらも、懸命に看護・介護する母親の姿を見て
「認知症の人の、生きる。」
「死に向かっていく、認知症という症状」
懸命に今の記憶を繋ぎ合わせながら、自身の両親を介護していた感覚で、オムツ交換を手伝ってくれた。
食事介助は私だった。
母の感情は複雑だったと思う。
父に対する愛。
それに反して、恨みや憎しみ。そして、安堵。
母を攻撃する父は、もういない。
母を疲弊させる父は、もういない。
認知症になっても、感情はある。
記憶は、保てなくなる。
過去の記憶も。
そして、今の記憶も。
認知症と共に生きた母と多くの時間を過ごしたのは妹。
それは、事実。
私は、母の愚痴を聞くことだけしかできなかった。
人だもの。
愚痴りたくなるよ。
私は、母と活動した。
認知症と共に生きる母と。
ちょっと、おでかけして、社会参加、交流の機会を作った。
自分で言うのもなんだが、ここが一番大事!
認知症だから、認知症カフェでなく、人として誰かと繋がる時間。
母が、母らしく生きる時間だった。
ハーモニカ演奏や折り紙を披露していた。自己承認欲求が満たされる。
満面の笑顔だった。
母は、もういない。
医療的保護入院先で、脳内出血を発症し、1ヶ月半ほどで命をお終いにしたのです。
最後の7日間ほどは、母と自宅で過ごすことができた。
母は、生きることを楽しめたのだろうか。
私自身、両親との関係は希薄だったと感じている。
人はひとりでは生きていけない。
大切にしたいと感じた頃には、もう、いない。
一番大切にしたい人は。
じゃ、今!
今、私に関わっている人を大切にする。
自分自身が、今を大切に、楽しんで生きること。
遊ぶように生きること。
孫娘のように天真爛漫に!
最後は、管に繋がれることなく、枯れるように死にたい。
この映画の主人公である、萬田先生がおっしゃっていました。
病院での治療を否定しているわけではありません。
治療をやめて、家で人生を終えるという選択肢もある。
老化して死ぬ。
この映画を観終わった後、自分の大切な人と、「死について」「生きること」について、話せる時間が持ってみよう。そう、感じてもらえてたら嬉しいです。
私も話そうと思います。
「人とのつながり」
「認知症だから」ではなく、
居場所を単なる居場所にしない構想についても、深掘りする時間を持とうと考えています。
上映すること。
私たちが大切にしたい、世界観を共有する場を創ること。
その先に目指すものがあるから。
私らしく生きるために。
やりたいことは、やる。
それだけのこと。
最後まで、読んで頂きありがとうございます。